まことのぶどうの木 ヨハネ15:1~6

わたしはぶどうの木=イエス・キリスト、そしてあなたがたは枝=私・信者、これがキーワードです。
この関係を教えておられます。つまり、ぶどうの木と枝が結び合わされて、有機的に一体となる「いのちの関係」です。1〜11節までに“とどまる”が11回も出てきます。非常に強調しています。

ところで、ぶどうの木と枝は誰でも知っています。
イエス・キリストがいた当時のイスラエルでは良く見かけるものでした。
○神殿の門の彫刻はぶどう
○食卓でぶどうからつくったものを毎日呑んでいる
○旧約聖書でイスラエルをぶどうの木にたとえている(エレミヤ2:21)

そのたとえを用いて、キリストとの関係(いのちとの関係)を意味しています。
枝(信者)が木(イエス・キリスト)にとどまるなら、木(イエス・キリスト)に永遠のいのちがあるために、枝(信者)はすべての益に与ることができるのです。まことのいのち、力、活力はキリストにあるからです。


14章の約束を通して、主イエス様は励ましをしてくださいました。天の御国に入ることが出来ること、主イエス様にあることが父にあることと同じこと、お祈りを聞いてくださること、もう一人の助け主、御霊の約束があること、主イエス様の平安が残されること、などです。

15章では、主イエス様との結びつき。つまり、関係を通して励ましてくださるのです。

もう一度整理しておきましょう。
■主イエス様はぶどうの木
「まことのぶどうの木」真実のぶどうの木です。いのちの源につながっているぶどうの木です。

■天のお父様は農夫 イザヤ書5:1~
天のお父様の特徴は、愛の働きです。

■ぶどうの木につながる枝
弟子、そしてわたしたちは、ぶどうの木につながっている枝
「あなたがたは枝」とあるのは、ぶどうの木に有機的につながっている、簡単に言うといのちのつながりのある関係です。しかも、緊密な関係であって、非常に実際的な表現です。

このことばからもわかるように、主イエス様を信じる者は、まことのぶどうの木である主イエス様との関係の中に生きるのです。

■二種類の枝
①身を結ばない枝があります。それはぶどうの木と結合せず、いのちに関係のない枝は、実を結びません。ですから、天のお父様はそれを取り除きます。

自分が信者だと思い込み、信者だと自称しますが、主イエス様である枝と結びつかず、実を実らせない、信者は天のお父様が取り除かれるというのです。

②実を結ぶ枝(15:5)。実を結ぶ枝は、まことの信者のことです。生涯を通して主イエス様に深く結び合わされているから、生涯にわたって実を結ぶのです。いのちの主イエス様にしっかりと結びついた枝は、多くの実を結ぶのです。


1.いのちの関係
いのちは木にあって、その枝にもたらされるのです。枝は、本体であるぶどうの木にとどまることにおいてのみ、成長し、多くの実を結ぶのです。
私たちも同じで、いきいきと、力にあふれて、輝いて生きることができるのは、“いのちの関係”にあるからではないでしょうか。
決して、木が枝にとどまることではありません。これは本末転倒です。世話を受け、整えられ、いのちをいただくのは枝そのものであって、その逆はけっしてありません。

ここで少し考えてみましょう。
日本人が持っている神様の概念とは違うことにお気づきでしょう。人間中心で考え、最終的に自分のためになる神様をつくり信じるのです。重層信仰の混乱は常に我が我がとあつかましく欲望と快楽を満足させることに走ります。
この聖書、つまりヨハネの福音書15章にあるみことばは、わたしたち人間の、いのちの源はイエス・キリストにあるということです。
また、とどまると、どうなるのでしょうか?多くの実を結ぶのです。
主イエス・キリスト様のいのちのゆえに実がなるのです。しかも多くの実を結ぶのです。
果樹は実をもって価値を表すように、私たちも主イエス様との関係・つながりによって多くの実を実らせ、自分の存在が明確になり、弟子であることを証しするのです。
また、そのことで、父なる神様が栄光を受けることなのです。


2.父なる神に取り扱われる関係
刈り込み剪定作業のことを言っています。これは、父なる神様の主権あるお働きであって、恵みの御業です。
神様は農夫のように、枝である私を剪定するのです。多くの実を結ぶためには、今年、良く実を付けた枝の部分ですら、ばっさりと切り落とします。また、花を付けたかと思えば、ほとんどをむしり取ります。もったいないくらい切り落としもいでしまうのです。

○神様にはみこころのデザインがあります。一つ一つの枝に将来の実を期待してくださいます。
父なる神様は、木から枝が精一杯伸びて、葉を生い茂らせ、実をいっぱい実らせることを思い描いています。

■刈り込みの現実を考える
刈り込みによって、境遇の変化、立場の変化、困難な出来事、問題がなかなか解決しないこと、悲しい出来事、が起きるかも知れません。すべて主の時があって、避けることができればいいのですが、そううまくはいかないことが多いのです。そこは主のお取扱いの時だと委ねて、導きを待ちます。忍耐を覚えます。

しかし、これも主イエス様といのちの関係にあることですから、主イエス様につながっていることは、毎日の力を得、活路を見出す事は明らかです。なぜなら、枝は木につながっていて、痛みも木と共有しているのです。
決して枝だけで痛みを担っているのではありません。木全体が痛み、切られた枝を塞ごうと必死に樹液を送ります。
まさに、これはいのちの関係なんですね。

◇いくらくらい闇であろうとも必ず太陽を昇らせてくださる神様です。見捨てなんかしません、御子イエス・キリスト様につながっているのですから、常に神の善の中へ善の中へ入れてくださるのです。(ローマ8:28)
◇へりくだりましょう。ちょうど良いときにあなた方を高くしてくださいます。(Ⅰペテロ5:6,7)
◇訓練です。耐え忍びましょう。要するに、そんなときあなた方を神の子として取り扱っておられるのです。(ヘブル12:7)

3.実を結ぶ秘訣とは
一言で言うなら「キリストにとどまる」ことです。主イエス様との関係の中で生きることが命じられています。ですからもう一度言います、私のなすべき事。主イエス様にとどまり続けることです。
命令形であることを心に止めてください。意味は、「離れない」で、「宿る」、「住む」事です。生活感あふれることばですね。主イエス様といのちの関係に生きることです。

主イエス様と関わらずに生きることは不可能です。深い関係の中にあっていのちの関係、神の直接の取り扱いの関係に生きるのです。

コロサイ人への手紙2章6,7節 彼にあって歩め!キリストの中に根ざせ!!そして、実を結ぶことです。
結果は大切です。結果を無視してプロセスのみも存在しません。

いのちの関係は、積極的に関わることです。
傍観者的に関わると自分もしんどくなります。回りもしんどくなります。(関西弁はニュアンスが面白いですね)
まずは関わって生きることです。数年経てば卒業してしまい、いつでもリセットできるものでもありません。

関わり方
あれこれのすばらしいやり方のKNOW-HOWをお教えするのもいいですが、まずは、主イエス様が何と言っておられるかを知ることです。そして、その主イエス様自身を知ることです。恵みに与りましょう。

救われていない信者はどうしましょう?
主イエス様にとどまるかどうかによって、実は結ばれるかが結果として出てきます。

世の中では成功することをみな求めます。
自分がいないとだめなように思い込んでいる人はいませんか?まるで自分ひとりでこの世の中を動かして、成立させているように思っています。金銭、地位、快楽を満たすことにわたしたちの住んでいる世界は必死です。
聖書には、「・・・信仰、希望、愛です。一番優れているのは愛です。」(Ⅰコリント13:13)とあります。
信仰の世界は全く違うことを言います。主イエス様につながって実を結ぶことを最優先します。神様の前で実を結ぶことが最も大切です。


4.行って実を結べ
そして、行って実を結ぶことです。これが神の目的としておられることです。
とどまって、喜ぶことだけでもない。豊かな実を結ぶために行くのです。
「あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命したのです。それは、あなたがたが行って実を結び、そのあなたがたの実が残るためであり、また、あなたがたがわたしの名によって父に求めるものは何でも、父があなたがたにお与えになるためです。」(ヨハネ15:16)

①多くの実を結ぶため「そういう人は多くの実を結びます。」(ヨハネ15:5)です。ここで、 「多くの実」であることに注目してください。

②父なる神の栄光のためです。「あなたがたが多くの実を結び、わたしの弟子となることによって、わたしの父は栄光をお受けになるのです。」(ヨハネ15:8)

「多くの実を結ぶ。」つまり、「弟子となる。」それが、「父が栄光を受ける」こととなるのです。
被造物のふさわしい状態は創造者の誉れとなることですから、それが出来るのです。

考えてみてください。
公園の美しさは、管理の行き届きがあるからです。これは市の誉れ、行政全体、地域の誉れです。どうです?

③行って実を結べとは、「行って」運んでいってとも訳すことが出来ます。つまり、主イエス様が父なる神から聞いたことを伝えたその内容(福音・真理)です。(ヨハネ15:15)
このような心配は無用です。「自分だけでは、とても運んで行けません。」なんて心配しないでください。助け主であられる「真理の御霊」が「わたしについて証します。」(ヨハネ15:26)とありますから心配はないでしょう。

「立ちなさい。さあ、ここから行くのです!」(ヨハネ14:31)と主イエス様はチャレンジして下さいます。
主イエス様とのいのちの関係に生きる喜びにあなたも与ってください。

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